「うつ」を克服した人達
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体験談
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体験談
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体験談
● 倉嶋 厚さんの
体験談
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どんどん自分を見失っていく日々、そして入院
倉嶋 厚さん写真   奥様の葬儀がすんでから2ヶ月程経った頃には、精神科のお医者さまにかかっていたこともあって、いったん状態は持ち直した。しかし、その後再び悪化。救いようのない暗闇へと入り込んでいき、家の財務的な片付けを済ませたその年の終わりには、遂に死を考え始めた。「僕の様子がおかしいことに気づいたのは、妻が他界した直後から来てもらっているお手伝いさんでした。彼女が親身に僕のことを気遣ってくれたから今があると言ってもいいでしょうね。私が窓から顔を出しているときも、気象の仕事をやっているから空を見ているのかと思って見ていると、下ばかり見ていたりするのでおかしいと思ったらしい。それからトランクルームを開けて紐があると、非常に関心を示したりもしたので、これは危ないと思って色んな人のツテを頼んで、病院へ行く事にしてくれたのです。病院へは、その前にかかっていた町のお医者さんの処方せんを持って行きました。そしたら、それを見た医師が“あなたのかかっている先生は有名な先生ですよ。治療するなら私も同じ薬を出しますよ”。それからじっと考えて“もし何か違うことをして欲しいとおっしゃるのなら、入院してみますか”と言ったんです。入院ということを素直に受け入れられずに、いろいろ理由をつけては抵抗を示す私に、看護婦さんが“とりあえず、これを持ってお帰りなさい”と入院申込書を渡してくれました。」

 家に帰ると、倉嶋さんはすぐにその入院申込書に書き始めたらしい。「なんだか、急にすべてを任せる気になったんです。頼めることは全部頼んでしまおうって感じでね(笑い)。タイミング的にも、体がもう入院してもいいのではないかというところまで来ていたのでしょうね。考えてみると、うつ病は頑張ろうと思う人がなってしまう病気なんです。頑張らないで、自分は病気だと思って、人に任せられることはすべて頼んでしまい、後は運を天に任せれば治るんですよね。とにかく、自殺を考えるようになったら入院が鉄則なんですって。それより前でも入院はできたらした方がいいと思います。本当にいろんな人に世話になりました。」

 体が入院を求めていても、倉嶋さんが入院を拒んだのにはもうひとつ理由があったようだ。「自分でも、とてもこれではどうしようもないなというところまで落ちてしまっていても、やはり精神科に入院するということは、精神的な病であると認めることになるわけで、仕事的にもなにか偏見をもたれたりして支障がでるのではと、その時はそんな不安が広がったのだと思うんです。でもよく考えたら、うつ病になりやすい性格というのは、几帳面で真面目、律儀で勤勉で責任感が強くて周囲に気を遣うタイプ。つまり、いい人ですよね。うつ病にならないからと言って悪い人ってわけではないけど、いい人がうつ病になりやすい。私が勉強したところによれば、うつ病とは、ストレスによって、脳内の神経伝達物質の働きが障害され、考えがまとまらなくなって、生きる力を失うという病気。ただ、肺炎とか風邪など、症状があれば病気だと分かるけど、うつ病は普通、なまけ病と思われがちだからね。だから、始めのうちは、自分自身もこれじゃいけないと思って抵抗してました。だけど、病気なんだよね。熱が出たのと同じだと思えばいいわけですよ。胃腸なら胃腸科とか行くけど、心の風邪で精神神経科なんてなかなか行きにくいもんですよね。

 でも堂々と嘘をつく人がいっぱいいて、デリカシーのない人が大手を振って歩いている今の世の中で、うつ病にかかる人は、いい人の証明のようなもの。“おれはうつだよ”っていうのもかっこよくなってきた感じだよね(笑い)。とにかく、恥ずかしいと思わずに、おかしいと思ったら、すぐに病院へ行った方がいいと思いますね。」

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