「うつ」を克服した人達
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すべてをお任せした入院生活、そして初めて笑った日
  倉嶋 厚さん写真 病院に入ったら、精神的にとても楽になったと倉嶋さんは振り返る。

「もう全て管理してくれているわけだから、ある意味とても快適でしたね。家にいれば食欲がないと不安だけど、ご飯が食べられなければ点滴すればいい。くすりも水と一緒にきちんと持ってきてくれるから飲むだけ。すべてお任せだから、とにかくくすりを飲んで寝て、起きて食べて寝ての日々。入院中の記憶はありますけど、先生と看護婦さんに何もかも全部見せたんだからという信頼感と安心感とで毎日よく寝ていましたね。」

 倉嶋さんが最初に入院していたのは閉鎖病棟。といっても普通の病院となんら変わりはない。あえて違うところを探せば、ここにいる人は、外からは見えない心のどこかに傷を追っているということだった。

「私の隣のベッドに何度か死を考えたことがあるといううつの患者さんが入院してきたんです。その彼が入院してから一番心配していたのは、血液検査の結果なんですよ。ムチャクチャに、命にかかわるくらいくすりをのんだこともあったから、肝臓が悪くなっているんじゃないかってね。それって、もう生きようと思っているんだよね(笑い)。私も死を考える少し前に痔の手術をしているんです。死にたいと思いながら、その一方では日常生活で苦しいから治そうと、痔の手術をしようと考える。ちぐはぐですよね(笑い)。人から見ると、あいつ死ぬ気なんてないんじゃないかと見えていたかもしれません。」

 あれほど飛び降りることを考えた屋上も、今は恐くて立っていられないと倉嶋さんは言う。「今から思うと、死にたいと思っているのに、屋上の冊を乗り越えてその先にある小高い縁にぽんと乗ったときに、はっと止まったんだよね。恐かったんだよね。何が恐いって、乗って飛び降りるのはいいけど、その後、下へ届くまでに時間がある。その時にしまったと思っても、もうどうしようもないわけで。それを考えると恐かった。誰かがぼんと背中を突いてくれでもしないかぎり、やっぱり自分で自分の命をうばうことはできませんでしたね。」

入院生活で倉嶋さんは日に日に回復に向かった。しかし、外見は相変わらずやせ衰えていて、表情も乏しかったらしい。「入院して2〜3ヶ月たったころ、言葉をかわした事はなかったけど、病棟でよく見かけていた中・高校生くらいの女の子が、何かの拍子に“あっ、笑った”と私の方を向いて嬉しそうに言ったんです。その子にそう言われて初めて、私は自分が長い間、笑ったことがなかったということに気がついたんです。妻の病気を知った日からただただ落ち込んでしまい、その後も無気力に過ごしていましたから、自分では全然気づかずにいたんですね。彼女の言葉を聞いて、心の中でそっと前向きになれたんです。その日を境に、少しずつですがまわりの人にも目が行き、回復の兆しがみえてきたのです。」

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