「うつ」を克服した人達
● 小川 宏さんの
体験談
● 藤臣 柊子さんの
体験談
● 竹脇 無我さんの
体験談
● 倉嶋 厚さんの
体験談
● 音無 美紀子さんの体験談

スーパーを1時間回っても、何ひとつ買えない、お弁当のメニューが決められず、1週間以上も悩み続ける、そんな日々が続きました。
うつ状態が続いてから、つらい症状はいくつかありましたが、その中でも眠れないのはとても苦しかったです。
夜、ベットに入っても全然、寝つけない。今までならベットに入り5分もすれば眠っていたのに、一晩中起きているような感じでした。
当時、隣の家の娘さんが昼間にピアノの練習をしていて、夜ベットに入ると、昼間に聞いたピアノの旋律が、まるで耳元でガンガンと弾かれているのかのように何度も何度も繰り返すのです。
眠れずに苦しむ私の手を、主人はずっと握っていてくれたのですが、そんな主人の優しさにこたえることができず、私は自分が情けなくて仕方がない気持ちでいっぱいでした。
母親としての仕事もまったくできない状態で、以前は大好きだった料理も何を作っていいか決められなくなってしまったのです。
音無 美紀子さん写真 冷蔵庫を開けても、何の食材を取っていいか分からず、ただ数分ボーッと中を見ているだけでした。
当時、小学生だった娘にお弁当を持たせていたのですが、うつ状態がひどくなったころから作れなくなりました。正確には何を作っていいか分からないのです。スーパーに食材を買いに行っても、お野菜のコーナー、お魚、お肉と店内を一周しても何を買うかを決めることができずに、何も買い物かごに入れることができない・・・。子供たちに何も食べさせない訳にはいかないので、お惣菜コーナーでせめて夕飯になりそうなハンバーグとかコロッケをとりあえずかごに入れてレジに向かうのですが、途中で「子供たちにこんな出来合いのものを食べさせてちゃいけない・・・」と思って、もとの場所に戻しに行く。それで、とにかくなんでもいいから食材を買おうとまた野菜コーナーに向かうんですが、そしたら今度は、周りの人の目が気になりだして。自分のことを変な人だと思って白い目で見られているような感じがして、スーパーから逃げるように帰る。
情けない話ですが、本当にこんなことを毎日のように繰り返していたんです。
今でも忘れられないのは、春の運動会のお弁当事件。
春の運動会に手作りのお弁当を持って夫婦で子供の応援に行くのが毎年恒例の行事で、お昼休みに運動場の観覧席で大きなシートを広げて、子供のお友だちの家族とも一緒になってピクニック気分でそれを一緒に食べるのはとても楽しい時間でした。
そこには、いつも家族みんなの好きなものが並んでいて、子供たちもお弁当の蓋を開けると大喜びでした。
でも、その年は本当にうつ状態が悪化していて、お弁当をまともに作るができない状態でした。「今年は無理だからごめんね」って言えればよかったのですが、運動会のお弁当だけは絶対に自分が作らなければいけないという強迫観念に近い感じでした。
「作らなきゃ」という気持ちに反比例して、何を作ればいいのか分からない、だから1週間以上も前からずっとお弁当のことが気になって、主人が仕事から帰ってくると「お弁当、何作ろう、お弁当、どうしよう・・・」って責め立てるにようにしていました。主人はお弁当の重荷から私を解放しようという優しさだったのだと思います。前日の夕方、自宅近所の手巻き寿司のお店から、シーチキンや梅、五目など何種類かの太巻きを買ってきてくれました。「明日は、これを持って行こう。家族で一緒に食べればなんだっておいしいよ」私を諭すように、やさしくそう言って、私の代わりにお弁当を決めてくれたんです。だけど、ビニール袋に入ったのり巻きやお稲荷をみて、自分は本当に何もできなくなってしまったんだ、こんな出来合いのものを持って行かなければならない状態にまでなってしまったのだと思ったら、本当に悲しくて、情けなくて、床に崩れ落ち、大声を上げて泣き続けました。

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