「うつ」を克服した人達
● 小川 宏さんの
体験談
● 藤臣 柊子さんの
体験談
● 竹脇 無我さんの
体験談
● 倉嶋 厚さんの
体験談
● 音無 美紀子さんの体験談

信頼できる先生との出会いの中で、こころから、「また元気になって芝居がしたい」って思えるようになった
竹脇無我さん写真 うつの症状が出始めたころから3年目となる平成8年、竹脇さんはうつ病の治療とお酒で傷んだ体の治療もかねて約5ヶ月の入院を決意する。その後も何度かの検査入院をくり返したが、治療を続けた結果、今はすっかり良くなったそうだ。
「入院して最初に嬉しかったことは、おばさんが毎日敷布をかえてくれたこと(笑)。とにかく寝ていたかったからね。またあの白いシーツの上で眠れると思うと嬉しくて。病院はいいと思うよ。ほんとうに辛かったら入院したほうがいい。安心して身を任せていられるから。僕の場合は、信頼できる先生にも出会えたから、病院ではすごく安心していられたね。」

 3年ほど前に竹脇さんは、その先生に出会った。今でもお互いになんでも話し合える関係を保っている。「信頼というかね、先生のほうもいろんな辛いことを僕に話してくれたから。本当に何も隠すことがない関係だね(笑)」

 そして、この先生とかわした会話がきっかけで、うつ状態から抜け出す勇気をもらったという。「先生のお母さんは私の大ファンで、お父さんとふたりで病室にお見舞いにきてくれていたんだ。ある日、何となく“そういえば、お父さんとお母さんはどうしてます?”って先生に聞いたら“今、母はがんで入院してます”って言うの。その後しばらくして、また聞いたら“あぁ、死んじゃいました”ってかるーく言ったんだよ。そのとき“うつ病の僕を治す先生のほうが、私生活では僕よりもつらいんだな”って思ったわけ。“この人も大変なんだな”って。それに比べて僕なんか、入院して飯食って、寝て散歩して(笑)楽なもんだって思ってね。」

 若いころから芸能界という特殊な世界で仕事をしてきた竹脇さんにとって、このことは目からウロコが落ちるような出来事だったそうだ。「僕の知っている狭い世界以外の場所で、仕事や個人的なことで辛い思いをしている人もたくさんいるってことを、先生の言葉で気づかされたんだ。僕たちだけが人前に出て、目立って辛い目にあってるわけじゃないってね。他の仕事をしながら辛いことやしんどいことにであっている人はたくさんいるんだという当たり前のことに気づいた。自分さえ元気になれば、仕事をとおして夢を与えることができる。自分が元気にならなきゃ何もできないって。そして、それは僕だけに限ったことじゃない。どんな仕事だって、自分が元気でいれば誰かにパワーを与えられるんだよね。」

前へ 次へ